フュージョン 第2話
【人間→ポケモン獣人】
by 人間100年様
コロシアムの舞台の入口へと続く通路。
天井の蛍光灯しか灯りがないそこはロビーや待合室とは打って変わって薄暗く、鉄製の壁のせいか冷えた空気が漂っている。 灯りが弱いために20m先も見渡せないその物寂しい通路に、足音が1つ。
その通路を歩いているのは、アキラ。フュージョンを解き、元の黒いバイクウェアに身を包んだ体で歩いているアキラは、 無表情のまま黙々と通路を歩いていた。先のゴウキとの試合での疲れなど微塵も感じさせないその表情は、 ただただ見通しの悪い通路をじっと眺めている。
そんなアキラが、誰もいない静まり返った通路を歩いていた、その時だった。
「あ、アキラさん!」
ふと聞こえた声に、アキラは足を止め声のした通路の先を見る。 視線の先には見通すことのできない暗闇が広がっているため何も見えなかったが、 こちらに駆け寄ってくるような足音がアキラの耳に入り込んでいた。少しすると、暗闇から声の主がその姿を出した。
アキラの前に姿を現したのは、ジン。目立つ黄色い半袖Tシャツに緑色の長ズボンを穿き、 やたら膨らんだリュックサックを担いでいるジンはアキラのすぐ傍まで駆け寄ると、瞳を輝けさながらアキラに話しかけた。
「さっきの試合見ましたよアキラさん!もうすごかったです!」
「・・・何がだ?」
「何がって、あのフュージョンといい戦い方といい、あの試合でアキラさんが見せてくれた戦い全部がすごかったです!」
「あれは奴が弱すぎただけだ。別に俺がすごいからじゃない」
そう答え、アキラはジンを他所に歩き出す。まるでジンのことを相手にしたくないかの如く歩き去ろうとするアキラを、 ジンは慌てて追いかける。
「あ、待って下さいよアキラさん!」
「話しだったら歩きながらでも出来る。用があるならさっさと話せ」
「よ、用ってことじゃないんですけど・・・・・な、なんか話ましょうよ!せっかく知り合ったんですし!」
ジンが慌てた口調でそう言うと、アキラはぴたりとその足を止めた。突然歩みを止めたアキラの背中にジンはぶつかり、少しだけ後ずさる。 それによって人1人分距離が離れ、ジンの前にいるアキラはジンの方へと振り返る。
瞬間、ジンの体に金縛りの如し痺れが襲い掛かった。アキラの見せた殺気に似た鋭い視線が、ジンの体に叩き込まれたのだ。 ジンの表情に恐怖心が浮かんできた時、アキラはその口を開いた。
「何のつもりか知らないが、あまり俺に関わるな。俺とお前はこの試合の出場者、つまり敵同士だ。俺に関わる暇があるなら、 自分の出る試合の準備でもしておけ」
鋭い視線から放たれる殺気をそのままに、静かな声で呟くアキラ。その言葉の1つ1つがジンに重くのしかかり、 その表情を暗くさせていく。無表情の顔から呟かれるその言葉がジンの心にこの上ない傷をつけ、ジンは頭を落とし俯いてしまった。
そんなジンにアキラは背を向け、再び歩き出す。傷ついて悲しんだからといって、自分に出来ることは何もない。 悲しみたいなら悲しめばいい。アキラの気持はそんな感じだった。
しかし、アキラの足音が3つ響いた、その時だった。
「いけないですか・・・?」
アキラの背後から響いてきた、小さなジンの声。それを耳にしたアキラは足を止め、顔を傾け目だけを背後にいるジンに向ける。 アキラの目に映ったのは、少しだけ目を潤わせたジンの姿だった。
俯いていた顔を上げ、じっとアキラの背中を見るジンはぎゅっと手を握り締め、その口を開いた。
「アキラさんの言う通り、試合では僕とアキラさんは敵同士かもしれません・・・。でも、戦わない時は敵同士じゃないし、 普通に接してもいいはずです。それなのに、アキラさんに関わっちゃ・・・いけないんですか?」
少しだけ強い口調でアキラに問いかけるジン。その問いにアキラは無言のまま答えず、無表情のままジンを見る。そんなアキラに、 ジンは更に言葉を発した。
「僕は・・・あんな強いアキラさんを、その・・・・・尊敬してるんです。だから、もっとアキラさんと話せるようになりたいし、 仲良くなりたいんです・・・。そう思っちゃ・・・・・ダメですか?」
自分の思っていた事をジンは全て言葉に込め、アキラにぶつける。ジンの強く、 熱い想いが籠った言葉に無表情だったアキラの顔が僅かに反応を見せ、その瞳に驚きと嬉しさが混合した輝きが微かに姿を現していた。
その輝きをそのままに、アキラは顔を正面に向ける。そして、ジンの言葉に小さく答えた。
「・・・・・勝手にしろ。俺は、どうとも思わない」
それだけ呟き、アキラは再び歩き出した。遠回しに「仲良くなってもいい」と言わんばかりの言葉に、 ジンの表情はみるみるうちに嬉しさで満ち溢れていっていた。
そんなジンは通路を歩くアキラの背中を追い駆けるように、その足を走らせて行った。
その後も舞台では試合が続き、「大蛇の涙」を手に入れようとする選手達が激しい戦いを繰り広げていた。勝った者が大蛇の涙へと近づき、
負けた者が大蛇の涙への希望を失う。そんな戦いが、コロシアムの舞台で続いていた。
そして、ジンもまた、そこで戦う時が来ていた。
いつも担いでいたリュックサックを下ろしたジンは舞台へ続く通路を進みその入口を抜け、 周りを観客席で覆ったコロシアムのコンクリートで出来た舞台へと出る。大歓声と熱気に包まれ、酷く騒がしいそこへ足を踏み入れたジンは、 初めての体験に驚きを隠せずにいた。ジンは周りにいる人という人に目をきょろきょろさせながらも、ゆっくりと舞台の中央へと歩いていく。
そんなジンが自分の向かっている舞台の中央に目を向けると、そこに1人の男が立っているのが見えた。
何日も洗ってないような痛んだ黒い長髪にしわだらけのYシャツ、 そして不気味な輝きを放つ眼鏡を掛けたその男はニヤリとした笑みを浮かべる口元から涎を垂らしており、 舞台の中央まで歩いていたジンはその怪し過ぎる男に気持ち悪さを感じていた。しかし舞台にいる以上自分は選手であり、 目の前にいる怪しい男も選手であるため、ジンはその気持ち悪さに気圧されることなく男と向き合える位置まで歩く。
男はジンが目の前まで来た事を確かめると、口元から涎を垂らした口を開いた。
「フヒヒ・・・はじめましてぇ〜」
「は、はじめまして・・・」
「君ぃ、若いのに声が小さいよぉ?歳いくつぅ?」
「えっ?あ・・・13です」
「13かぁ・・・フヒヒ、見た目もそうだけどやっぱ若いなぁ。美味しそうだなぁ・・・フヒヒヒヒ」
不気味すぎる笑みを見せながら男は呟き、ジンは男の言葉に背筋が凍るような気持ち悪さを感じていた。こんな人と戦うことになるなんて・ ・・、そう心の中で呟くジンは、目の前にいる男に若干嫌悪感を抱くようになっていた。
その時、コロシアムに設けられたスピーカーからアナウンスが流れた。
『舞台に選手が出場致しました。これより、オーシャンコロシアムマッチ第8回戦、ジン選手対ヤスオ選手の試合を始めます』
試合開始を宣言するアナウンスが流れ、更にスピーカーからゴングの音が鳴り響く。 耳を貫く甲高いゴングに観客席からこれまで以上の大歓声が上がり、観客のボルテージは最高値まで上昇していた。
更に騒がしくなり、更に熱気に包まれた観客席に、 ジンの目の前にいるヤスオという名の男は不気味な笑みを見せながら首をぐるぐると回す。周りの観客席に興奮しての行動だが、 ジンからすれば異常者が行う意味不明な行動に見えていた。
「ついに試合が始まったああぁぁぁぁぁぁ・・・!楽しい時間の始まりだあああぁぁぁぁぁ・・・!」
「そ、そうですね・・・」
「フヒヒ・・・・君はどんな味がするのかなぁ?食べるのが楽しみだなぁぁぁぁぁ」
ヤスオは不気味過ぎる声でそう呟くと、ズボンのポケットに手を入れ、中からモンスターボールを3つ取り出した。 何処か薄汚れたそのモンスターボールをヤスオは足元に落とし、モンスターボールは地面と接触し勢いよく蓋が開く。そして、 中に納められていたポケモンが眩い光と共に姿を現した。
現れたのは、3体のベトベトン。ヘドロ状の紫色の体に大きな口、 そして人のそれに疑似した手を持つそのポケモンはヤスオの足元で不気味に蠢き、ヘドロの中にある目が目の前にいるジンをじっと凝視していた。 しかし、ジンはその3体のベトベトンに別段驚くことはなく、ベトベトンとヤスオをただただ凝視していた。
「ベトベトン・・・それがヤスオさんのポケモンですね」
「フヒヒィ・・・僕チンのベトベトンに興味津々〜?でも上げないよぉ・・・・・だってこれは、僕チンのものなんだからねぇぇぇぇ!」
ヤスオはいきなり叫び出すと、足元で蠢く3体のベトベトンに向けて右手を伸ばし、大きく手を開く。その瞬間、 ベトベトン達の体が眩い光の玉となって大きく開いたヤスオの右手に吸い込まれるように浮遊し、その右手に纏わりつく。 右手が光の玉に包まれた腕をヤスオは大きく回し、勢いよく高く上げる。
そして、涎を垂らしている口元にこれまで以上に不気味な笑みを浮かべながら、ヤスオはこう叫んだ。
「フヒヒヒヒヒ・・・・・フュージョンだよぉ〜!!」
不気味すぎる声でそう叫んだヤスオは高く上げた右手を胸にぶつけ、右手に纏わりついている光の玉を擦りつけるように胸を撫でる。 光の玉はヤスオの胸に浸透していき、その瞬間、ヤスオの体から眩い光が放出した。
全身を包み込み、その姿が見えなくなったヤスオに、観客席からどよめきが広がっていた。ここまで何試合も見て来てはいたが、 人それぞれ姿が違うため、ヤスオがどんな姿になるのか気になっているのだ。ヤスオの目の前にいるジンもまた、 ヤスオがどんなフュージョンをするのか気になっていた。
やがてヤスオを覆っていた光はその輝きを失い、ヤスオが姿を現す。その姿に、ジンは驚愕した。
ヤスオの体は人の形こそ維持していたが、その全身は紫色のヘドロに包まれ、腕は地についてしまう程に長くなり、 人のものだったはずの足は足首から下が醜いヘドロ状になっている。更に頭部は原型を留めておらず、巨大なベトベトンの口を成した、 自分の胴体と同じくらい巨大な怪物の頭になっていた。ヘドロで隠れているのかその頭に目は無く、その姿は正に不気味な「ベトベトン獣人」 そのものだった。
ヘドロに満ちた体に変身したヤスオはベトベトンのものに変形した巨大な口を大きく開き、両生類のような酷く汚れた鳴き声を上げ、 胴体と同じくらい巨大な目の無い頭をジンに向ける。ヘドロが蠢く不気味な姿のヤスオに、ジンは驚きを隠せないでいた。
「こ、これが、ベトベトンのフュージョン・・・」
「フヒヒヒヒ・・・これが僕チンの究極の姿。この姿になったがさーいご、君に勝ち目はなぁぁぁぁぁぁぁい」
「・・・それはどうでしょうか?勝ち目がないかどうかなんて、やってみなきゃわかりません」
「なぁ〜にぃ〜?」
真剣な表情で呟かれたジンの言葉に、ヤスオは思わず疑問の声を発した。 その間にジンはベルトに設けられたボールホルダーからモンスターボールを3つ取り出し、それを目の前の地面に向けて投げる。地面と衝突し、 勢いよく蓋が開いたモンスターボールから眩い光が放たれる。
そして、中にいたポケモンがその姿を現した。
ジンの目の前に姿を見せたのは、ピカチュウ、サンダース、ライボルト。黄色い体毛に包まれた可愛らしい姿のネズミと、 針のように鋭い黄色と白の体毛をした犬、そして硬質の黄色と青の体毛に包まれた小さな狼のような姿の3匹のポケモンは鳴き声を上げ、 目の前にいるヤスオに戦う姿勢を見せる。しかし、その可愛らしい3匹のポケモンにヤスオは笑い声を上げた。
「フヒヒヒヒヒ!やってみなきゃわからないとか言った割には、ずぅぅぅぅいぶんカワイイポケモンだねぇ・・・。 そんなポケモン達とフュージョンして、僕チンに勝てるのかなぁ?フヒ、フヒヒヒヒ」
「ヤスオさん、僕はフュージョンなんかしませんよ。いいえ、出来ません」
「フヒィ?ここまで来てなぁぁぁに抜かしてるのかなぁ〜?フュージョンしなきゃ戦いにならないじゃないかぁ〜」
「試合のルールを見てないんですか?この試合は・・・フュージョンじゃなくても戦うことが出来るんです」
真剣な表情でそう言うと、ジンは両腕を交差させながら目の前に突き出す。交差させて突き出した両手を大きく開くと、 目の前にいたピカチュウ、サンダース、ライボルトの体から眩い光が発し始め、光が体を覆い尽くし3匹は掌ほどの光の玉となって宙を舞った。 その光の玉の1つはジンの両足、1つは左手、そして1つは右手に纏わりつき、ジンの手足で輝く。
そして、手足に纏わりついた光を前に、ジンは力強く、こう叫んだ。
「トランス!!」
ジンの声が轟いた瞬間、両手両足に纏わりついていた光の玉から更に眩い光が放たれた。両手両足を覆い尽くし、ジンの体を明るく照らす。 その光にどよめきが広がっていた観客席から更にどよめきが広がり、何が起きるのか気になるような声を上げる。その中で、 ヤスオはフュージョンとは違うそれに驚きを隠せずにいた。
そして、輝きを失いジンの両手両足が姿を現した時、ヤスオは驚愕した。
ジンの右手にはピカチュウの尻尾を模った刃をした刀のような剣が持たれており、 左手にはライボルトの頭部を模った肘まで覆う大きな籠手、そして両足にはサンダースの鋭い体毛を模った脛当てが装着されている。 ポケモンが武具に変形したそれを装備するジンは、宛ら戦場を駆け抜ける剣士のような姿だった。
そんなジンは手にしたピカチュウの剣を構え、目の前にいるヤスオを睨む。今まで感じさせなかった闘気にヤスオは驚きを隠せず、 ヘドロに包まれた体を大きく振るわせた。
「なぁぁぁぁんだそれはぁぁぁぁぁ!?ポケモンが、武器になっちゃったぁぁぁぁ!」
「これが僕のスタイル。ベトベトンフュージョンのヤスオさん相手でも、勝つ自信はあります」
「フヒヒヒヒヒヒィ!!でかい口叩く子は、僕チンが食べちゃうぞぉぉぉぉぉ!!」
ヤスオが不気味な声でそう叫ぶと、ヘドロに包まれた右腕をジン目掛けて勢いよく突き出した。 ヤスオの腕は地面についてしまい程の長さを持っていたが、その長さを持ってしてもジンのいる所までは到底届くはずがなく、 無意味な攻撃にジンは疑問を抱く。
だが、その時だった。ヤスオの突き出した右腕がゴムのように突如長く伸び、凄まじい勢いでジンに襲いかかった。 突然伸びた腕にジンは驚きながらもその場から横に転がり込み、ヤスオの攻撃を避ける。
転がった所から素早く立ち上がったジンがヤスオの姿を見ると、その右腕は身の丈の3倍はあろう長さまで伸びており、 地面に右腕が垂れ落ちていた。やがてその腕はヤスオの体に吸い込まれるように縮んでいき、元の長さに戻る。それを見た瞬間、 ジンは変身したヤスオの能力に気づいた。
「腕の伸縮・・・それがヤスオさんの能力ですね・・・!」
「フヒヒヒヒヒィ!!そぉぉぉぉぉの通ぉぉぉぉぉり!!ベトベトンが弱〜いポケモンだと思って相手すると、 痛い目に会っちゃうぞおおぉぉ!!」
ヤスオは巨大な口から不気味な笑い声を上げながらそう叫ぶと、ジンに向けて左腕を振り払う。 その左腕もまた一瞬にして凄まじく長い腕になり、鞭のようにしなやかに動くそれがジンに襲いかかる。 その迫りくる腕をジンは素早くその場にしゃがみ込むことで避け、ヤスオの左腕はジンの頭上を通過する。
だが、ヤスオは続け様に右腕を大きく振り降ろし、しゃがんでいるジンを叩き潰そうとした。その右手に慌ててジンは横に転がり、 その攻撃を避ける。地面を叩きつけたその右腕と振り払われた左腕はすぐに縮んでいき、再び元の長さに戻っていく。
転がっていたジンが立ち上がり、ピカチュウの剣を構えながら元の腕の長さになったヤスオを睨む。 自分の攻撃を前に避けてばかりのジンに優越感を覚えたのか、ヤスオは巨大な口を大きく開き不気味な笑い声を上げ、 再び右腕をジン目掛けて振り下ろした。
しかしこの時、ジンがその攻撃に対処しようとしていたとは、ヤスオは想像もしていなかった。
ヤスオの右腕が長く伸び、ジンの頭部に殴りかかろうとしたその時、ジンの姿が一瞬にして消えた。 突如消えたジンにヤスオが驚きを露にした瞬間、ジンはヤスオのすぐ真隣に姿を現した。 それにヤスオが気付いた時には既にジンはピカチュウの剣を薙ぎ払っており、ヤスオのヘドロに包まれた横腹はその鋭い刃によって切り裂かれた。 傷口から血によく似たヘドロが零れ、コンクリートの地面に滴り落ちていく。
脇腹を斬られた痛みにヤスオが悲鳴のような醜い鳴き声を上げた途端、ジンの姿が再び消える。 そして瞬間移動をしているかの如く今度はヤスオの目の前に姿を現し、ヘドロで満ちた胸に向けてピカチュウの剣を振り下ろした。 その刃はヤスオの胸をいとも簡単に切り裂き、その傷口から血のようなヘドロを零れさせた。その痛みに、ヤスオは2度目の悲鳴を上げる。
胸と脇腹を切り裂かれ、苦しむヤスオからジンは後方に軽く跳躍して距離を離し、じっとヤスオを睨む。 痛みで醜い鳴き声を上げるヤスオは地面につきそうな程長い両手で胸と脇腹を押え、その巨大な頭部をジンに向けた。
「うぐううううぅぅぅぅぅぅぅ!!君ぃ・・・なんでいきなり姿が消えたんだぁぁぁぁぁぁ・・・!!」
「この脛当てのおかげですよ、ヤスオさん。これは僕の足に神速の力をくれる、サンダースの力が込められた脛当てなんです」
「なぁぁるほどぉぉ・・・!!だ〜け〜ど〜・・・どんなに速く動けてどんなに速く斬り込めてもぉ・・・君は僕チンに勝てないよぉ〜」
痛みに苦しんでいたヤスオの声が突如元気な声に変わり、胸と脇腹の傷口を押えていた両腕を大きく開き、ジンにその体を見せつける。 ジンがヤスオの体を見ると、胸と脇腹の傷口が体中のヘドロでみるみるうちに塞がっていき、2秒としないうちにその傷は姿を消した。 突然のことに、ジンは驚きを隠せない。
「フヒヒヒヒヒィ!!僕チンのこの体はどぉぉぉぉぉんな傷も治癒する不死身の体!痛みは感じちゃうけど傷はすぐに塞がる。 こんな僕チンに、君のような剣をぶ〜んぶん振り回す奴は勝てないよぉ?」
「治癒能力・・・それもヤスオさんは持っていたんですか・・・。なら、僕は別の方法で攻めるまでです」
そう呟くと、ジンは手にしていたピカチュウの剣を構え、その刃にヤスオの体を映す。 別の方法で攻めると言っておきながら先程とまるで変わりない構えを見せるジンに、ヤスオは巨大な口から不気味な笑い声を上げる。
だが、ピカチュウの剣を構えるジンは左手、つまりライボルトの籠手が装着された手で剣の柄尻を掴み、両手で剣を構えた。 突然構え方を変えたジンにヤスオは首を傾げ、ジンの行動に疑問を抱く。
しかし、その時だった。柄尻を掴むジンの左手、否、ライボルトの籠手から突如電気が発し始め、その電気がピカチュウの剣に流れ込んだ。 黄色く輝くその電気はジンの体を明るく照らし、突如放電したライボルトの籠手にヤスオは驚愕した。
「こ、籠手から電気だとぉ!?」
「これは僕に電気の力をくれる、ライボルトの力が込められた籠手」
ジンが静かにそう呟くと、柄尻を掴んでいた左手を離し、同時にライボルトの籠手から電気を止める。しかし、 ライボルトの籠手から流れた電気はピカチュウの剣の刃に伝導しており、刃には黄色く輝く電気が纏わりついていた。その剣は宛ら「雷の剣」 のような神々しさを見せ、その剣を構えるジンは目の前にいるヤスオをじっと睨む。
「そしてこれは・・・僕に勇気の力をくれる、ピカチュウの力が込められた剣。籠手の力と1つになったこれで、僕は・・・あなたを倒す! 」
「ぬぅぅぅぅぅかぁぁぁぁぁせぇぇぇぇぇ!!僕チンがどんな傷もすぐに消し去る体なのを忘れてるねぇぇぇぇ! そんな物忘れがは〜げしい君ぁ、すぅぅぅぐにぶっ殺してあ〜げ〜るぅぅぅぅぅ!!」
ヤスオは狂ったような声を上げると、その両腕を大きく開き、そしてジン目掛けて力強く突き出した。 これまで以上の勢いで突き出された両腕はすぐに長く伸び、弾丸の如し勢いでジンに襲いかかる。
だが、ジンはその攻撃をしゃがんで避け、同時に低い姿勢のままヤスオに向かって神速の速さで突進した。 そのジンにヤスオは驚きを見せていたが、どんなに斬り込んでも傷が消える体には全くの無意味。痛いのを我慢すれば攻撃した後の隙を狙える。 そうヤスオは思っていた。そしてすぐ目の前まで接近してきたジンにヤスオは心の中で笑い、攻撃する時を待ち構える。
だが、ジンの放った攻撃は、ヤスオの想像を遥かに越えたものだった。
「ボルト・・・スラッシュ!!」
ジンの力強い声が辺りに響くと同時にジンは勢いよく立ち上がり、それに乗じて手にしていたピカチュウの剣を力強く振り上げる。 電気を帯びた刃はヤスオの腹部から胸にかけてを切り裂き、そして同時に、とてつもない電圧の電気がヤスオの体に襲いかかった。
黄色く輝く高電圧の電気がヤスオのヘドロの体を感電させ、 ヤスオの全身に火で焼かれるような痛みと針で刺されるような痛みを与えていく。その想像を遥かに越える激痛にヤスオは巨大な口を大きく開き、 断末魔の叫び声を上げる。
そして、ヤスオは体に刻まれた傷から血のヘドロを噴き出しながら、背中から重たく地面に倒れた。
グチャッ!と粘り気のある鈍い音を立てて倒れたヤスオは感電したためにヘドロに包まれた体をピクピクと震えさせ、 ヘドロの体から湯気が上がる。その体は動くことはなく、 腹から胸にかけて切り裂かれた大きな傷口からただただヘドロの血が流れ出るばかりだった。
『ヤスオ選手、ダウン。よって、第8回戦の勝者はジン選手に決定致しました』
スピーカーから試合終了を知らせるアナウンスの声が響き、静まっていた観客席から大歓声が上がる。再び騒がしくなった観客席を他所に、 ジンは目の前に倒れるヤスオの姿をじっと凝視する。
治癒能力を持つヤスオのためこの程度なら大丈夫だろうが、電気の痛みと斬撃の痛みを同時に受けているため、当分は痛みに苦しむだろう。 そうジンは思いながら深々と頭を下げ、ヤスオに向けて言葉を発した。
「ありがとうございました。そして・・・・・ごめんなさい」
申し訳なさそうにそう呟き、ジンは倒れたヤスオに背を向ける。そして、ジンは大歓声の上がる舞台を後にした。
その直後、スピーカーから再びアナウンスが流れた。
『選手全16名による予選が終了致しました。よって次の試合から、オーシャンコロシアムマッチ、準々決勝戦を開始致します』
トランス。
それは、人々の願いとポケモンの願いが1つになって生まれた、もう1つの奇跡の力・・・。
To be continued...
おなじみのポケモン世界の「悲しい分岐未来」から生れたある意味「悲しい奇跡」な展開…そこに救いがあるか否かはわからないとしても…なドラマですね。
何か意味深なものを感じました。