2008年07月03日

フュージョン

フュージョン

【人間→ポケモン獣人】

by 人間100年様

 

ポケモン。

それは謎多き未知なる生物にして、人々のペットやトレーナーとしての証、そして人々の生活を支える、心からの親友。

しかし、そんな概念は、いつの日か消えた。

犯罪や戦争、戦いや殺し合い。銃や剣といった兵器と同じように、ポケモンは道具として「使用」された。幾多の人々がその運命に悲しみ、 幾多のポケモンが、体と心の傷に泣いた。

何故争う?何故殺し合う?自分達は、ポケモンと幸せになりたいだけなのに・・・。

人々の願い、そして、ポケモンの願いが1つになった時、奇跡は起きた。

 

 

 

 


星達が輝く夜空の下に広がる、摩天楼。見渡す限りに高層ビルが立ち並び、そのビルが放つ明るい電気の光が、その街を美しく彩っている。 道という道に車が往来し、動く光となってそれらもまた、街を彩っていた。

その街の名は、オーシャンシティ。

森林に囲まれ、どの街よりも規模が広く、どの街よりも技術力が富んだ街として有名なオーシャンシティは「先進街」と呼ばれ、 日々増加する人口にその賑やかさは尽きることがなかった。人口が増える理由としては、大多数がその街に魅了されたことだ。

だが、理由はそれだけではない。

街の中央に設けられた、巨大なコロシアム。巨大なスポットライトがコロシアムのコンクリートで出来た舞台を照らしており、 オーシャンシティの中でも1番の有名スポット。そのコロシアムで行われる試合が人々を集め、それが人口増加に繋がっている。

そんなコロシアムに、1台のバイクがけたたましい轟音を立てながらやって来た。バイクに乗っていたのは、ヘルメットを被らず、 黒いバイクウェアに身を包んだ若い男。その男はバイクから降りると、無表情で入口へと歩いていく。

男の名は、アキラ。黒いバイクウェアを着ている以外にはこれと言った特徴は無く、ごく普通の若い男だ。

だが、その表情は鋼のように無表情で、その目は前方しか見ていない。表情の変化に乏しいアキラは入口を抜けると、 コロシアムの中を歩く。

入口を抜けた先に広がっていたのは、ドームのように巨大なロビー。高級ホテルのロビーのように広く、 月のように白く輝かしい壁に満ちたその空間にはスーツ姿の老人や派手な服装の少年、はてまた水着しか着ていない男など、 いろいろな人達で混雑していた。

しかし、そんな空間にアキラは驚くこともなく、黙々と歩いていく。そして、アキラは「Informaition」 と書かれた大きな受付までその足を運んだ。アキラが近づいてきたことに気付いたのか、 受付にいたスーツ姿の女性スタッフが満面の笑みを見せる。

「ご来場ありがとうございます。ご用件はなんですか?」

「選手番号11番、アキラだ。ここでやる試合に出る」

「では、参加条件を満たしているか確認しますので、バッチを提示してください」

スタッフの言葉を耳にしたアキラはバイクウェアの胸倉を掴み、それを広げて裏側を見せる。すると、 バイクウェアの裏側にはいろいろな形をしたバッチがいくつも付けられており、輝かしい光沢を放っていた。

それを見たスタッフはバッチの1つ1つを目で追い、その数、形を確かめる。そして全てのバッチを確かめたスタッフは、 再び満面の笑みを見せた。

「出場条件であるバッチ32個、全て確認致しました。それでは選手登録を済ませておきますので、 試合が始まるまで左手の待合室でお待ち下さい」

スタッフがそう言うと、アキラは無表情の顔を左側に向け、視線の先に「待合室」と書かれた扉があることを確認する。 そしてそのまま視線を向けている方へと体の向きを変え、アキラは無言で歩き出した。

人混みの中を風のようにすり抜け、アキラは待合室の入口に辿り着く。白く輝いたそのガラスの扉に手を伸ばし、 アキラはその扉を開き中に入る。

アキラが部屋の中を見渡すと、そこは真白い壁に包まれた、受付のあったロビーと同じぐらい広い部屋。 その部屋の壁際には座り心地の悪そうな鉄の椅子が並んでおり、 部屋の中にいる人達は中央の何もない広いスペースで自分のポケモンとしばらく自由時間を共にしていた。

カイリキーと一緒に拳を振るう武道家、バシャーモと共に正座する仙人、そしてカビゴンの腹を枕代わりにして眠る女性。老若男女、 そしてポケモンの種類を問わずそこにいる人々を無表情な目で眺めながら、アキラは一番近くにある椅子に腰を掛けた。

椅子に座り、リラックス出来ているにも関わらず、アキラの表情にそれは現れない。 まるで仮面を被っているのではないかと疑ってしまう程に、アキラの表情は全く変化しなかった。そんなアキラは腕と足を組み、 瞳を閉じて楽な姿勢を取る。

その時、アキラのすぐ横にあった入口がゆっくりと開いた。瞳を閉じていたアキラがその目を開き視線だけを扉の方へ向けると、 扉から出てきたのは1人の少年だった。

黄色い半袖Tシャツに緑色の長ズボンを穿き、やけに膨らんだリュックサックを担いでいるその少年はおどおどと不安げに辺りを見回し、 待合室に入るか否か迷っていた。一歩足を踏み入れては一歩下がり、また一歩足を踏み入れては、また一歩下がる。その繰り返しで、 少年はなかなか部屋の中に入ろうとしなかった。

そんな少年の姿を見ても、アキラは何も思わない。入りたければ入ればいいし、入りたくなければ入らなければいい。 たったそれだけのこと故、アキラは無心を保ち続けていた。

だが、その時だった。おどおどしながら立ちつくしていた少年が背後から繰り出された蹴りによって吹き飛び、勢いよく床に倒れた。 腹部を打ったのか苦しそうな表情を浮かべ、少年はゆっくりと立ち上がろうとする。

だが、入口から出てきたガタイの良い大男がその少年の首元を掴み上げ、壁に向けて少年を投げ飛ばした。 肩から壁に衝突した少年はその痛みに思わず声を上げ、その瞬間、部屋の空気が静まる。

そして、少年を蹴り飛ばし、投げ飛ばした大男が怒号の声を上げた。

「邪魔なんだよガキが!!入口で突っ立ってんじゃねぇぞオラ!!」

「ご、ごめんなさい・・・!僕・・・この街に来るのが初めてで、その・・・」

「いちいち口応えすんじゃねぇよこのクソガキが!!もういっぺん痛い目見てぇかオラ――――」

「うるさい」

大男の声を制するかのように呟かれた声に、少年と大男の視線は入口に1番近い壁際の椅子に向く。その椅子に座っていたのは、 アキラだった。腕と足を組み、瞳を閉じたまま微動だにしないアキラを見て大男はアキラに歩み寄り、瞳を閉じたアキラを睨んだ。

「なんだオラ!!テメェ誰に物言ってんだ、あぁ!!」

「うるさいと言ったはずだ。お前が誰かなんて俺には興味がない」

「んだとぉテメェ!ここでぶっ飛ばされてぇかオラ!!」

「お前は子供か?ここはオーシャンシティの有名スポット、それだけセキュリティも固い」

「何が言いてぇんだオラ・・・!」

「試合以外で戦えば、セキュリティが駆けつけてくるってことだ。そんな事も理解できないとは、お前の頭は子供以下か?」

瞳を閉じ、鋼のように冷たく無表情な顔でアキラはそう呟く。アキラの目の前にいる大男はアキラに対する怒りを募らせていたが、 アキラの言う通りここで暴れれば警備員が駆けつけ、ここから追い出される。そう感じた大男は何もできない悔しさに舌打ちし、 その場から離れて行った。

大男が離れたことを確認すると、床に座り込んでいた少年はゆっくりと立ち上がり、壁と衝突した肩を手で押さえる。痛みは軽いものの、 じわじわと染み込むような痛みが残っていたため、少年はその表情を少しだけ歪めていた。

そんな少年は大男を退かせたアキラの所まで歩み寄ると、軽くその頭を下げた。

「あ、ありがとうございます・・・」

「・・・なんのことだ」

「な、なんのことって・・・さっき僕を助けてくれたじゃないですか」

「あの男がうるさかっただけだ。別にお前を助けるためじゃない」

瞳を閉じながら即答するアキラ。言葉を返そうにも返せない少年はどうすれば良いか迷いながらも、少年はリュックサックを肩から降ろし、 アキラの隣の椅子に腰を下した。

「あ、あの・・・僕、ジンって言うんです。選手番号は12番なんですけど、あの、あなたは・・・?」

「・・・アキラだ」

「選手番号は?」

「11番」

「あ、僕の前なんですね!なんか運命的ですね!」

「うるさい」

アキラの無情の一言に、ジンは口籠る。せっかくの会話を断たれたことにショックを受け、ジンは気を落としていた。

だがその時、ふとジンはある疑問を感じた。その疑問を解決するために、ジンはアキラに問いかけた。

「あの・・・アキラさんって、どんなポケモン連れてるんですか?」

「・・・相手のポケモンを知ってどうするんだ?」

「あ、そんなスパイみたいなことじゃないんです!ただ、アキラさんみたいな人ってどんなポケモン持ってるのかなぁって・・・」

「そういうお前は、同じ事を聞かれてすんなりポケモンを見せるか?」

「あ、はい。見せます」

「・・・お前には警戒心というものがないのか・・・」

「確かに選手にポケモンみせるのはちょっとは怖いですよ。でも、お互いに見せ合って仲良くなれれば楽しいじゃないですか!えっと、 僕のポケモンは――――」

「いや、いい。試合の時に見る」

「そ・・・そうですか」

ジンはどこかがっかりした表情でそう呟き、俯く。2度にわたって会話を断たれたことにジンはまたしても気を落とし、 大きなため息を零した。

その時、天井に設けられたスピーカーからアナウンスを知らせるチャイムが流れ始める。部屋にいた全ての人がそれに反応を示した時、 スピーカーからアナウンスが流れた。

『待合室に待機中の全選手、試合が始まりますので舞台の方へと移動してください。トーナメント表もそちらで発表いたします』

スピーカーから流れた声を聞き、部屋にいた人達は移動する準備を始める。アキラの隣に座っていたジンもまた席から立ち上がり、 肩から降ろしていたリュックサックを再び担ぎ始めている。

そんなジンを横に、アキラもゆっくりと席から立ち上がる。 2度会話が断たれたことにジンはアキラに話しかけることに気まずさを感じていたが、それでもジンはアキラに話しかけた。

「舞台に移動ですね、アキラさん」

「あぁ」

「もしよかったら、一緒に行きませんか?ここに来たの初めてなんで、行き方わからないですけど・・・」

心配そうな表情を浮かべながら、ジンはそう問いかける。また「うるさい」と言われたらどうしよう・・・。 そんな不安しか今のジンにはなかった。

だが、ジンの心配とは裏腹に、アキラは無表情のまま答えた。

「・・・・・お前の好きにしろ」

それだけを呟き、アキラはそそくさと入口を抜けて行った。 断られるかも知れないと思っていたジンにとってその返事は驚くべきことだったが、それ以上に、 ジンはちゃんとした返事をしてくれたことに嬉しさを感じていた。

ジンはそれを表情に映し、アキラの後を追うために、元気よく部屋を出ていった。

 

 

 

 


巨大なスポットライトに照らされたコンクリートの舞台。そこはコロシアムのメインルームと言っても過言ではなく、 舞台を囲むように設けられた観客席には、既に数多くの観客で埋め尽くされていた。

風に靡く砂漠の砂のように人々が蠢き、大嵐の唸りのように歓声が上がる観客席。ここまで人々が興奮することは、 この試合以外にまずないだろう。なぜなら、この試合は普通の試合ではないからだ。

オーシャンコロシアムマッチ。そう銘打たれたこの試合は対戦形式はトーナメント制で、出場選手は16人。 4回連続で勝ち抜けば優勝というどの試合にもありがちなものだが、普通と違う所は、その優勝賞品である。

賞品の名は「大蛇の涙」。

何処かの古代遺跡から幾つか発見されたというそれは、見た目こそは何の変哲もない宝石に過ぎない。しかし、 どんな願いをも1つだけ叶えるという非現実的な能力を秘めており、コロシアムのあるこのオーシャンシティもまた、 とある流れ者が大蛇の涙に願いを込めたことで生まれた街なのだ。そんな非現実的な能力を秘めている数少ないそれは危険なものと見なされ、 オーシャンシティで厳重に保管されていた。

その大蛇の涙を優勝賞品とするこの大会は当然のように多くの人々の気を引かせ、 幻の品とまで言われた大蛇の涙を我がものにしようと多くの人々が試合出場へと身を乗り出した。そして、 厳しい出場条件を乗り越えた16人の選手が、このコロシアムに集まっているのである。

コロシアムは熱気と大歓声に包まれ、観客達のボルテージが上がっていく。その時、騒がしい観客席に囲まれた舞台の入口から、 1人の男が姿を現した。

それは、アキラ。無表情の顔を貫き通しているアキラは大歓声を上げる観客席を前にしてもその表情を変えず、黙々と舞台の中央まで歩く。 スポットライトに照らされた舞台の上でアキラの黒いバイクウェアは輝きを放ち、宛ら演劇を行う役者の如く、舞台の上で目立っていた。

アキラが舞台の中央に着いた時、アキラの視線の先に見えるもう1つの入口から、アキラの対戦相手が姿を現した。

観客の大歓声と共に姿を現したのは、待合室でジンに暴行していた大男。 舞台に上がる前にトーナメント表を配られていたためアキラは大男の姿を見て驚くことはなかったが、 観客達に軽く手を振る無駄なパフォーマンスに少しばかり呆れていた。

一方で、大男は手を振りながら、アキラの姿を見て怒りにも似た苛立ちを見せていた。待合室で侮辱されたことに余程腹が立っているのか、 アキラを見る視線には殺気のような鋭さが込められている。

アキラのいる舞台の中央にやって来た大男はアキラと向き合う位置につくと、鋭い視線をそのままに不敵な笑みを浮かべた。

「ヘッ!トーナメント表で名前は見たが、まさかあん時の男だったとはなぁ。これも運命って奴か」

「わざとらしく言うな。耳に障る」

「チッ・・・ホントにムカツク男だぜ。だが、初戦からテメェをこの手で潰せるんだ、これほどいいこたぁ――――」

「・・・そろそろだな」

大男の言葉をまるで聞いてないかの如く、アキラはそう呟く。その瞬間、コロシアムに設けられたスピーカーからアナウンスが流れた。

『舞台に選手が出場致しました。これより、オーシャンコロシアムマッチ第1回戦、アキラ選手対ゴウキ選手の試合を始めます』

試合の開始を宣言するアナウンスの声が流れ、スピーカーから試合開始のゴングが鳴り響いた。 その音が舞台に響き渡ると同時に観客席からこれまで以上に大歓声が上がり、観客席がより一層騒がしくなる。

四方八方から響く大歓声に包まれ、ゴウキという名の大男は口元に浮かべていた不敵な笑みを更に禍々しくする。そんな笑みを他所に、 アキラはじっとゴウキを睨んでいる。

「何がおかしい?」

「ヘッ、テメェにはわからねぇさ。この大観衆の前でテメェを叩き潰し、勝利の輝きを俺が手に入れる。 テメェには待合室で馬鹿にされてるからなぁ、手加減はしねぇ――――」

「話が長い。さっさとポケモンを出せ」

「・・・上等だオラァ、そんなに死にてぇなら、すぐに死なせてやるよぉ!!」

ゴウキは怒号の如し大声を上げると、ベルトに設けられたボールホルダーからモンスターボールを3つ取り出し、 それを力強く地面に投げ捨てる。地面と衝突したそれは勢いよく蓋を開き、中に納められていたポケモンが眩い光と共にその姿を現した。

現れたのは、3体のヘルガー。黒い体毛に包まれ、悪魔のような角を生やしたそのポケモンは飢えた野獣のような鳴き声を上げ、 目の前にいるアキラを睨んでいる。しかしそんな鳴き声や睨みでアキラが臆することはなく、無表情のままヘルガーを眺めていた。

「・・・3体ともヘルガーか」

「おうよ!試合では3体まで使用可能だからなぁ、こいつらの力でテメェを叩き潰してやるぜ!!」

ゴウキはそう言うと、3体のヘルガーに向けて右手を伸ばし、大きく手を開く。そして、ゴウキが不敵な笑みを浮かべた時、それは起きた。

ゴウキの目の前にいたヘルガー達の体から突如眩い光が発し始め、その体を覆い隠していく。 光に包まれた3体のヘルガーはやがて掌ほどの光の玉となり、吸い込まれるようにゴウキの右手へと浮遊する。

ゴウキは光の玉が纏わりついた右手を高く上げ、そして、こう叫んだ。

「フュージョン!!」

天に届かんばかりの大きな声で叫んだゴウキは、高く上げた右手を勢いよく自分の胸にぶつける。 右手に纏わりついていた光の玉を押し込むかの如く右手が力強く胸にぶつけられ、纏わりついていた光の玉はその胸へと浸透する。それと同時に、 ゴウキの体から眩い光が放たれた。

全身を覆い隠す程の眩さで輝くゴウキに、歓声が上がっていた観客席からは驚きの余りにどよめきが広がっている。 しかしアキラは光に包まれたゴウキを見て驚く気配すら見せず、さも当然のようにじっとゴウキを眺めていた。

やがて、光がその輝きを失いゴウキが姿を現すと、その姿は既に人のそれではなかった。

大柄な体にびっしりと生えた黒い体毛を生やし、首と手がヘルガーの頭部を成している。 更に人のものだったはずの足は大きなヘルガーの足に変形しており、その尻からは長いヘルガーの尻尾が生えている。 随所にヘルガーの特徴が見て取れるその姿は、ヘルガーが二本足で立ち上がり、その両手をヘルガーの頭部に変形させた「ヘルガー獣人」 そのものだった。

変身を遂げたゴウキは獲物に飢えた野獣のような鳴き声を上げ、その鋭いヘルガーの目で目の前にいるアキラを睨む。首のヘルガーの目と、 両手のヘルガーの目に睨まれたアキラだったが、しかし、その鋭すぎる睨みを受けてもなおアキラは無表情を保っていた。

「・・・おぞましいな」

「ハハハハハハハハッ!!そうだろう!!ヘルガーとフュージョンした今の俺は地獄のケルベロスそのものだからなぁ!!」

「ケルベロス・・・か、確かに見た目はそうかもしれないな。だが・・・・・その程度のフュージョンで俺に勝とうなど、10年早い」

「何ぃ!?」

無表情のアキラから発せられた言葉に、ゴウキは思わず疑問混じりの声を零す。 その間にアキラはベルトに設けられたボールホルダーから1つだけモンスターボールを取り出し、それをゴウキに見せつける。

「お前に3体も使う必要はない。この1体で相手してやる」

アキラはそう呟くと、手にしていたモンスターボールを地面に放り投げる。地面と接触し、勢いよく蓋の開いたモンスターボールから、 眩い光と共にポケモンが姿を現した。

それは、ハガネール。巨大な頭と剣のように鋭い尻尾、 そして鋼のように頑丈な皮膚に包まれたその巨大な鉄蛇は地響きを起こす程の咆哮を上げ、鋼のように鋭い眼で目の前にいるゴウキを睨む。 その咆哮と睨みに、ゴウキは思わず1歩後ずさる。

「ハガネール・・・!ヘッ、こいつがテメェのポケモンか!」

「あぁ。こいつは俺に忠義を誓った・・・・・俺のポケモンだ」

そう答え、アキラはハガネールに向けて右手を伸ばし、大きく手を広げる。すると、ハガネールの巨体から眩い光が発し始め、 その光がネルの巨体を包み込んでいく。やがて掌ほどの光の玉となったそれはアキラの右手に吸い込まれるように浮遊し、その手に纏わりつく。

その右手を高く上げ、アキラは静かに瞳を閉じる。そして、アキラはこう呟いた。

「・・・フュージョン」

近くにいるゴウキですらやっと聞こえるかのような声で呟いたアキラは、光の玉が纏わりつく右手をゆっくりと胸に近づけ、 光の玉を胸に押し当てる。押し当てられた光の玉は水の中に溶けるかのように胸に浸透し、光の玉が胸に浸透した途端、 アキラの体から眩い光が放たれた。

全身を包み込み、その姿が見えなくなる程の強さで輝く光はどよめきの広がっていた観客席を更にどよめかせ、 周囲に驚きの声を上げさせていく。ゴウキもまた驚きにも似た表情を浮かべ、光に包まれたアキラを凝視していた。

そして、光が無くなりアキラがその姿を現した時、ゴウキはその異様な姿に驚愕した。

全身を鎧で固めたかのような鋼の皮膚に包まれ、頭部は人のそれではなく、角を生やした兜のような頭部に変形している。 更にその体の右手は剣のように鋭いハガネールの尻尾、左手は鋭い眼を持つ巨大なハガネールの頭部に変形してた。 下半身には変化が見られないものの、上半身にハガネールの特徴が幾つもあるその姿は、右手を鋭い尻尾、左手を巨大な頭部、 そして上半身を鋼の皮膚で覆った「ハガネール獣人」と化していた。

角を生やした兜のような頭部を成した目でアキラはゴウキを睨み、その視線から凄まじい殺気を放つ。 その体を締め付けられるような殺気を受けたゴウキは思わず後ずさり、上半身だけ変身を遂げたアキラの異様な姿に驚きを隠せないでいた。

「チッ・・・なんつぅ威圧感だ・・・!あれが・・・ハガネールのフュージョンか・・・」

「どうした?さっきまでの威勢が無くなってるぞ」

「う、うっせーんだよオラ!!ハガネール1体のフュージョン如きで、デケェ面してんじゃねぇ!!」

「声が震えてるな。敵を前に臆したか」

「この野郎・・・いちいちムカツクことばかり言いやがって!!そんなに死にてぇなら、このヘルガーの炎で焼き尽くしてやるよぉ!!」

ゴウキは殺気の込められた声を上げ、ヘルガーの頭部に変形している両手をアキラに向けて伸ばす。 そして両手のヘルガーの口が勢いよく開いた瞬間、その口から紅蓮の炎が吐き出された。炎はアキラ目掛けて一直線に迫り、 その鋼の体を焼き尽くそうとする。

だが、炎が直撃しようとした瞬間、アキラはハガネールの巨大な頭部を成した左手で体を覆い隠し、迫りくる炎を防いだ。 防がれた炎はアキラの横へと拡散し、アキラの体を焼くことなく消失していく。

「ヘッ!俺の炎を防ぐたぁいい度胸だが、詰めが甘ぇ!!」

ゴウキがそう叫び、ヘルガーのものと化した自分の口を大きく開く。鋭い牙がびっしりと生えたその口の中へゴウキが空気を吸い込むと、 両手から吐き出しているものと同じ紅蓮の炎をその口から吐き出した。

口から吐き出した炎は両手から吐き出している炎と融合し、その火力を高める。 そのけたたましい炎は鋼の体を守るアキラの左手に重くのしかかり、炎に直接触れていないにも関わらず、その体に炎の熱さが襲いかかっていた。 紅蓮の炎に成す術がない状況のアキラに、ゴウキは炎を吐きながら高笑いする。

しかし、それは浅さかな考えだった。

炎を防いでいるアキラは、鋼の体を覆い隠すように構えた左手をそのままに、ゆっくりと歩き始めた。 けたたましい炎の勢いをものともせず、まるで盾を構え前進する剣士の如く、炎を防ぎながらアキラはゴウキに歩み寄る。 その姿を見てゴウキは慌てて炎の勢いを強めるが、アキラの速度を緩めることは出来なかった。

(ば、馬鹿な・・・!鉄も溶かす高温の炎のだぞ!?なのに・・・なんで歩くことが出来んだコイツ!?)

ゴウキは心の中で慌てふためいた声を上げ、出せる限りの紅蓮の炎を口と両手から吐き出す。だが、全力で吐き出した炎を持ってしても、 アキラの歩みを止めることは出来なかった。そうこうしている内に、アキラはゴウキのすぐ目の前までその距離を縮めていた。

そして、アキラは剣のように鋭い尻尾に変形した右手を薙ぎ払い、ゴウキの両太腿を切り裂いた。

真剣の如し切れ味を持つ尻尾の右手で切り裂かれた太腿から赤い血が噴き出し、黒い体毛を赤く染めていく。 両太腿から感じた痛みが全身を駆け巡り、ゴウキは短い悲鳴を上げながら地面に膝をつけた。 それによって口と両手から吐き出していた炎が止まり、両太腿の痛みにその顔を歪める。

「ぐぁっ・・・!ク、クソ・・・なんでだ・・・!なんで・・・この俺の炎が・・・!」

「俺のハガネールの皮膚は、弱点である炎を受けたとしても、その体を溶かすことはない。炎だから鋼に勝てる、そう考えていた時点で、 お前の負けは見えていたんだ」

「う・・・うるっせぇ!!まだ俺は・・・終わって・・・ねぇ!!」

痛みに歪んだ声でゴウキがそう叫ぶと、ヘルガーの頭部と化している右手を振り上げ、右手から炎を吐き出そうとする。だがその瞬間、 アキラはハガネールの頭部となった左手の大きな口を開き、その口でゴウキの右手に齧り付いた。

ハガネールの口はゴウキの右手の骨をへし折らんばかりの力で噛み砕き、ゴウキは喉の奥から吐き出るような悲鳴を上げる。

「うがあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!手・・・手が・・・俺の手がああああぁぁぁぁぁ!!!」

「うるさい。鼓膜が破れる」

「や、やめろおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!手が・・・手がああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「・・・痛みで精神が狂ったか。なら仕方ない・・・・・止めだ」

そう呟くと、アキラはハガネールの尻尾に変形した右手をゆっくりと振り上げ、悲鳴を上げるゴウキの体に視線を向ける。 その黒い体毛に覆われた体は右手を噛み砕かれる激痛で酷く汗を掻いており、嫌な具合に濡れ切っていた。

そんなゴウキの体に狙いを定め、アキラは止めを刺した。

「クロス・アイアンテール」

アキラの静かに呟かれた声がゴウキの耳に入り込んだ瞬間、振り上げていたアキラの右手が大きな「X」を描くように、 ゴウキの体を切り裂いた。体に刻まれた「X」の刻印から鮮やかな真紅の血が噴き出し、その鮮血がアキラの右手を濡らしていく。

そして、ゴウキは断末魔の叫び声を上げながら、全身を駆け巡る激痛に気を失った。

ぐったりと頭を落とし、ゴウキが気を失ったことを確かめると、アキラは右手を噛み砕いていた左手のハガネールの口を開き、 その右手を解放する。右手のヘルガーの頭部は無残なまでに血だらけになっており、悪魔のような角もその原型を留めていない。 その右手が解放されたことでゴウキの体は重たく地面に倒れ、その体が動くことはなかった。

『ゴウキ選手、ダウン。よって、第1回戦の勝者はアキラ選手に決定致しました』

スピーカーからアナウンスの声が響き、静まっていた観客席から大歓声が上がる。耳に障る大歓声を他所に、 アキラは地面に倒れたゴウキをじっと眺める。

右手を噛み砕かれ、両太腿と体を切り裂かれ、血まみれになっているゴウキ。急所を外したため死には至らないはずだが、 しばらくはその痛みに苦しむだろう。アキラはそう思いながら、気絶しているゴウキに向けて言葉を発した。

「すまなかった、ゴウキ。だが、大蛇の涙を手に入れるまで、俺は・・・・・勝ち続けなければならない」

それだけを呟き、アキラはゴウキに背を向ける。そして大歓声を浴びながら、アキラは舞台を後にしていった。

 

 

 

 


フュージョン。

それは、人々の願いとポケモンの願いが1つになって生まれた、奇跡の力・・・。

 

 

 

 


To be continued...

posted by 宮尾 at 23:31| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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