2005年12月04日

μの軌跡・逆襲編 第7話

μの軌跡・逆襲編 第7話「繋がる未来」

【人間→ポケモン】

森はその瞬間、ただただ静寂だった。風は静まり、木はざわめきをやめ、まるで時が止まったような錯覚さえ起こさせる。 そこに転がっているのは1匹の薄桃色のポケモンと、口の開いたモンスターボール。ハガネールのガルガはそれらを見て小さくうなった。 そしてその巨体をうねらせて静かにそれに近付き、覗き込むように見入ろうとしたその瞬間。 目の前を刃のように鋭い葉が彼の目の前をかすめ飛んでいった。ガルガはその葉が飛んできた方を振り返る。 そこに立っていたのはさっきまでカイリキーのイルと戦っていた、チコリータだった。

 

『セイカに・・・近付くなぁ!』

 

彼女は戦いで傷ついた上に今の突風で使い果たしたであろう体力を振り絞り必死にそこに立っていた。 そしてゆっくりとその足を進めガルガに近付いてくる。

 

『・・・確か・・・エリザと言ったな・・・?』

 

ガルガはさっき聞いたそのチコリータの名前を口にしてみた。エリザはガルガを強く睨みつけ一歩ずつ彼に近付いていく。

 

『セイカに・・・指一本手出しさせないんだから・・・!』

『そんな身体で・・・何が出来るんだ?』

『いいから離れ・・・っ!』

 

しかし、エリザは足に力が入らずその場に倒れこんでしまった。そんな彼女を見てガルガが呟く。

 

『そういう・・・信念を貫くところも、彼女に似ている・・・』

『・・・何の話よ・・・!?』

『いや・・・そんな話はどうでもいい』

 

ガルガはそう言って、再びセイカの方を振り向く。

 

『・・・エリザ・・・お前はミュウが持つ意味を知っていて、彼女を守ろうとしているのか?』

『意味・・・?何の話?・・・私は、セイカを守るって決めたし、約束したから・・・だから守るの!』

『・・・そうか・・・そうだな、意味や・・・使命などはただの言い訳でしかないのかもしれないな』

 

ガルガはその長い胴体をゆっくりと伸ばし、その大きな口でセイカを口にくわえた。

 

『!!・・・セイカを放せぇ!』

『言われなくても放すさ・・・ほら』

 

ガルガはくわえていたセイカを放し、エリザの目の前に置いた。エリザはその身体を引きずりセイカの元に寄り添った。

 

『セイカ!しっかりして!』

 

エリザが必死にセイカに呼びかけると、やがて動かなかった彼女の耳がピクっと小さく動き、瞳をゆっくりと開いた。 そしてゆっくりとその口を動かし、彼女を見つめ小さく、だがしっかりした口調で彼女の名を呼んだ。

 

『・・・エリザ・・・?・・・私・・・』

『セイカァ!・・・よかった・・・無事でよかった・・・!』

 

エリザはセイカを弱ったその前足で、しかししっかりと抱きしめた。セイカは朦朧とする意識の中で、しっかりとエリザの顔をみる。 そして彼女の目に涙が溢れていることに気がついた。セイカはその小さな手を上げエリザの頬に触れ、こぼれ落ちた彼女の涙を拭い、彼女に言う。

 

『大丈夫・・・私・・・大丈夫だから・・・』

『・・・何だか・・・いつもと逆だね?・・・私が慰められるなんて・・・』

 

エリザは涙をこぼしながらもセイカに照れくさそうな笑顔を見せた。そんな2匹の様子をガルガは何もせずただじっと見つめていた。 やがてエリザはそんなガルガが気になったのか彼の方を見て話しかける。

 

『貴方・・・セイカを捕まえに来たんじゃなかったの?』

『・・・そうだな、それがロウトに・・・そして我々に与えられた任務だ』

『・・・捕まえなくていいの?』

『捕まえてもいいのか?』

『・・・ダメ』

『だろうな・・・』

 

ガルガは小さく笑い、自分を睨みつけるエリザのことを改めて見つめなおした。彼女のその目には警戒心は既に無かった。 ガルガが本当にセイカを襲うつもりが無いことを本能的に感じたらしい。しかし、その足とツルにはまだ力が入っている。 警戒心は無くても警戒を解くわけでは当然ではなかった。ボロボロの身体でもまだセイカを守ろうとする彼女を見て、ガルガは疑問をぶつける。

 

『・・・何故そこまでしてミュウを守る?』

『何故・・・って、セイカを守るって約束したから・・・』

『・・・何故その約束をしたんだ?』

『何?そんな事知ってどうなるっていうの?』

『・・・昔、お前によく似た人間の少女が居てな・・・』

『・・・ちょっと何の話?』

『・・・彼女も、信念を貫き通すことに理由を求めない人だったよ。自分が信じたからやり遂げる、とね』

『・・・』

 

エリザにはガルガの言いたいことがよく理解できなかったが、少なくともその少女と自分のことを重ねているらしいことは感じ取れた。 ガルガは静かに彼女たちを見つめ、そして不意に遠い山の向こうを見つめた。

 

『・・・あの山の向こう・・・』

『・・・?』

『小さな町の・・・外れにある大きな家に・・・彼女は住んでいた』

『・・・私達と何の関係が有るの?』

『彼女の兄は有名なポケモン研究家でな・・・特にミュウの事を調べていたようだ』

『!!』

 

ガルガの言葉にセイカとエリザは顔を見合わせる。彼女たちの中で何かが繋がる。今の彼女たちに足りないのは、 ミュウがどういう存在なのかと言う情報だった。ジュテイに聞いたがいつも濁されて肝心のところを聞くことが出来ずにいたが、 そこなら何か分かるかもしれない。特にセイカは自分が人間に戻れる情報があるかもしれないという期待と、 自分の夢や声として現れるあのミュウの存在のことが気になっていたため、それを知る手がかりになるかもしれないという思いから、 ガルガが見つめるその山を彼女も強く見つめた。あの山の向こうに手がかりがあるかもしれない。 ずっと続いていた暗闇の中でやっと幽かではあるが出口が見えたような気がした。

 

『何で・・・』

『・・・?』

『・・・どうして・・・そんな大事なことを教えてくれたの?貴方は私のことを捕まえるために来たんじゃないの・・・?』

 

セイカはガルガに問いかける。ガルガは黙ってセイカを見つめ返し、その濁りの無い瞳を見つめる。そしてゆっくりと答える。

 

『・・・ミュウに・・・賭けてみたいのかもしれないな・・・』

『賭け・・・何を・・・?』

『そうだな・・・あえて言うなら・・・ポケモンと・・・人の・・・未来と、その可能性・・・とでも言おうか・・・』

『いや、全然意味分からないし』

『少し抽象的過ぎたな・・・しかし、要するにだ』

 

そういってガルガはその長く大きな身体を2匹の前に乗り出すように伸ばし彼女たちに顔を近づけた。

 

『お前達はお前達がやるべきことを見つけ出すことが大事なんだ。そしてそれがいずれ他のポケモンにも、 そして人にも影響を及ぼしていくことになるはずだ』

『私たちの・・・やるべきこと・・・』

 

セイカはガルガの言葉を聞いて、比喩でなく自分の胸に手を当てて問いかけてみる。自分が今何をすべきか。何が出来るのか。 そして自分が何故ミュウになったのか。当然答えは出てこない。しかし、答えを見つけるための道は見えてきた。

 

『・・・行こう、その家に』

『セイカ・・・』

『私は・・・知りたい。自分が・・・誰なのか・・・ミュウがどんなポケモンなのか』

『自分を・・・知る・・・か』

 

それはエリザの胸にも重く圧し掛かる。決して逃げているわけでもなく、気にしているわけでもなかったが、 エリザは今まで記憶と向き合うことをしなかった。自分を知ることをしてこなかった。しかし、理由は分からないが、セイカの言葉を聞き、 そして彼女と居ることで自分の中で眠っている何かが呼び覚まされるような感じがした。

 

『・・・私は・・・何処まででも付き合うよ?』

『エリザ・・・でも・・・』

『私は、セイカを守るって約束したもん。イヤだって言ってもついて行っちゃうもんね』

『・・・ううん、ありがとう』

 

セイカは改めて笑顔で彼女に礼をした。そして出会ったあの時のように、自分の手とエリザの前足でしっかりと握手をする。 お互いにゆるぎない絆をしっかりと確かめていた。そして2匹はその様子を見て痛がるガの方を振り返る。

 

『・・・と言うわけで、私達行くけど・・・本当に捕まえなくていいの?』

『・・・そうだな・・・任務としていずれはお前たちとまた戦う時が来るかもしれないが・・・今はまだその時ではないな』

『私は・・・その時が・・・来ない事を信じたい・・・』

 

セイカはガルガの瞳を見て小さく語りかけた。セイカもまた、ガルガのその鋭い瞳の中に、上手く言い表せないが、 深い何かを感じ取っていた。

 

『・・・その時が来ないと・・・確かに信じたいがな・・・』

『うん・・・』

『・・・さぁ、そろそろ行った方がいい・・・ロウト達が戻ってくる前にな』

『そうだね・・・行こう、セイカ!』

『うん!』

 

そういって2匹はお互いに弱った身体を支えあい立ち上がった。そしてそのまま支えあいながら一歩ずつ前に進み、 ガルガの前を通り過ぎて行った。そのゆっくりとした歩みをガルガはただ静かに黙って見つめていた。

 

 

μの軌跡・逆襲編 第7話「繋がる未来」 完

第8話に続く

posted by 宮尾 at 23:37| Comment(0) | μの軌跡(ポケモン・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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