2005年12月01日

μの軌跡・幻編 第6話

μの軌跡・幻編 第6話「重なる影・求める答え」

【人間→ポケモン】

小さな島を襲った突然の山火事は、にわかに降り始めた暴雨によって鎮まった。人々とポケモン達はかつて無い事件にざわめいたが、 1日もすればそれも落ち着いてきた。火事が起きてからの対応が早かったからか、幸いにも被害は少なく済んだ。が、 それでも普段は静かなドクの診療所は怪我をしたポケモン達で溢れていた。その様子を見ていたリヒトとタツキが言葉を交わす。

 

『でも、野生ポケモンの面倒も見るなんて、ドクって意外と広い心持ってたんだ』

『広い心っていうか・・・ポケモンドクターとしての使命みたいなもんなんじゃないかな?多分』

『・・・お前たちが来る大分前までは、よくこういう光景が見られたさ』

 

2匹に割り込むようにグラエナのラズが、息子であるポチエナのパルを連れて姿を現す。 パルは身体に少し包帯を巻いていたが元気そうだった。

 

『お姉ちゃん!』

 

パルはタツキを見るなり左右に大きく尻尾を振り駆け寄ってきた。

 

『君、元気そうでよかった。怪我は無かったの?』

『少しすり傷があったみたいだけど・・・これくらい大丈夫だよ!』

『よかった・・・心配してたんだ。あの後、私疲れてすぐ寝ちゃったし・・・』

『・・・お姉ちゃん?』

『・・・ん?』

『・・・ありがとう』

 

パルはまた尻尾を大きく振りながら照れくさそうに、その瞳を輝かせてタツキを見つめた。タツキも青い顔を僅かに赤らめて微笑む。 その様子を見ながらラズはリヒトに話しかける。

 

『ハクリューに助けてもらってから、すっかり虜らしくてな・・・お姉ちゃんお姉ちゃんと昨日からあの調子だったよ』

『・・・それで?奥さんのほうは大丈夫だったの?』

『あぁ・・・どうやら命に別状は無いらしい・・・しばらくはドクのところに世話になりそうだが・・・』

『そう・・・よかったじゃん。奥さん励ましたのもタツキだし、また1つ礼言わなきゃね?』

『言われなくてもそうするさ』

 

そういってラズはタツキの前に立ち、彼女を見つめる。

 

『ハクリュー、昨日は息子だけじゃなく俺の女房も助けてもらったそうだな。重ね重ねだが、礼を言う。感謝しているよ』

『・・・あの時、ポケモンを励ますって言う目的をくれたのは貴方でしょ?感謝しているのはこっちも同じだよ』

『・・・確かにそうだな、しかし、まさかレナ・・・あぁ、俺の女房が巻き込まれるとは思ってなかったからな・・・考えが甘かった。 今回の山火事は・・・どうもおかしい』

『おかしい・・・?』

『あ、それ僕も思った』

 

リヒトがタツキとラズの間に入り込み2匹を見上げるように割り込んでくる。

 

『・・・どういうこと?』

『夏真っ盛りで湿気ムンムンな上に、潮風ガンガンふく小島で山火事が自然発生すると思う?』

『・・・成る程・・・まあ確かに』

『そこで、俺はあの時の男が気になっているんだが・・・』

 

言われてタツキも彼のことを思い出す。確かに明らかに不自然だった。山火事があったその時、彼は服も着ずに、 体中傷だらけで倒れていた。どう考えても怪しい。タツキはラズに問いかける。

 

『あの人・・・この島の人じゃないんでしょ?』

『え?』

『昨日、彼を助けに来た病院の人たちの話聞いたんだけど、そう言ってた』

『・・・』

『・・・ラズ?』

『あ、あぁ・・・』

 

ラズはまるで何か考え事でもしているかのように、黙り込む。

 

『・・・どうしたの?』

『いや、何でもない・・・確かにあの人間、気になるな』

『・・・だったらさ、する事決まってるんじゃないの?』

 

リヒトは診療所のドアを指差して何か考えている笑顔を作る。

 

『・・・会いに行くつもり?』

『だって、気になるでしょ?』

『興味本位でそういうこと言わないの』

『・・・会ってみる価値は有るんじゃないのか?』

『ラズまで、何言うの!』

『いや・・・お前たちといい、あの男といい、殆ど閉ざされているようなこの島に次々外から人やポケモンが来る・・・ただの偶然と、 そう思うか?』

『・・・私たちに関係があるって言うこと?』

『関係の有無というよりも、もう少し漠然とした・・・運命的なものに引き寄せられたんじゃないかと思ってな』

『運命・・・』

 

タツキには実感が湧かなかったが、確かに島にずっといたラズにしてみれば、リヒト、タツキ、 そしてあの青年と続けて外から流れ着くのは偶然にしては出来すぎているかもしれないし、 しかしタツキもリヒトも出遭うまではお互いの事は知らなかったし、当然青年の事だって知らない。 確かにこうして出遭っていくことには何か運命を感じることも出来るかもしれないが。

 

『・・・正直・・・よく分からない・・・かな?運命とか・・・』

『まぁ、意識することでもないだろうけどな。しかし、野次馬ってのはそこを気にしてしまうものでね』

 

そういってラズが笑う。タツキが昨日初めてラズを見たときはあの緊迫した事件の中だったからか冷たく感じたが、 今の彼からは何処にでもいる普通の明るい青年と言う印象だった。妻と子を思う、若く優しき頼れる父親。・・・ 自分の父親もこうだったらよかったのに、とタツキは何気なく理想の父親像をラズに重ねていた。

 

『まぁ・・・とりあえず、様子ぐらい見に行ってもいいかもね』

『じゃあ、そうと決まったら早速行こうか』

『ねぇ、ねぇ、僕も行っていい?』

 

3人の会話を聞いていたパルが瞳を輝かせてラズを見つめる。しかし、ラズは諭すようにパルに語りかける。

 

『パルは、ここに残っているんだ』

『えぇ〜、僕だって行きたいのに』

『パルは母さんのそばにいて励ましてあげるんだ。母さんも1匹じゃ寂しいだろ?』

『・・・うん』

 

パルはガッカリしながらも、幼いその頭でラズの意図を理解して小さく頷いた。

 

『じゃあ僕、ママのそばに行ってくるね!』

 

パルは元気よく、小さな診療所を駆けて行った。ラズはその後姿を静かに見つめていた。

 

『いいの?連れて行かなくても』

『・・・興味本位とはいえ、山火事の犯人かもしれない人間のところに行くのに、息子を連れて行くわけ無いだろう』

『それもそうだね』

 

そして3匹は半開きになっている診療所のドアを開けて外へと出た。外の風は、鎮火したとはいえまだモノがこげた臭いを運んでくる。 その臭いをかぐたびにタツキの胸を何かがぎゅっと締め付けるような感覚を襲った。タツキは表情が崩れるのをグッとこらえる。 ここで皆に必要の無い心配をかけるわけにはいかないから。

 

『確かこの病院だったな』

 

その病院は診療所からすぐ近くだったため、あっという間に3匹はその病院の前に立つことになった。 そしてタツキはその病院の名前を確認する。

 

『オガサワラ・・・病院・・・』

 

それはタツキが知りたかったこの島の地名だった。イズ沖を航海していたフェリーの近くに島は無かった。なら一体何処の島なのか。 今目の前の看板に書かれている文字がその答えである。

 

(オガサワラ諸島の方まで流されてきたってこと・・・!?)

 

タツキは驚きを隠せなかった。イズ沖からオガサワラ諸島までは400km近くある。いくら潮の流れがあっても、流れ着く距離じゃない。 何か別のもので運ばれなければ・・・別の何か・・・。

 

(・・・あの時の・・・ポケモン・・・!?)

 

ふと頭をよぎるのはあの時のかすかな記憶。静かな海に身体を沈めていくその時、自分の前に現れたポケモン。 あのポケモンが自分を助けてここまで運んだ・・・?何のために・・・?タツキの頭の中をあのポケモンの姿が駆け巡っていく。

 

『何ぼぅっとしているんだ、行くぞ?』

 

ラズはじっと動かないタツキに呼びかけた。いつの間にかリヒトとラズは玄関の横を歩き始めていった。 タツキは慌てて彼らの後を追いかける。

 

『やっぱり、正面から入るんじゃないんだ?』

『当たり前だろ?ポケモンが病院に入れるかよ』

『僕調査では、幸い彼がいる病室は1階らしいからね、外から見るのが一番いいさ』

『何時の間にそんな調査を・・・』

 

3匹は病院の白い壁伝いに進んでいく。そしてリヒトは窓を見上げ、首を忙しく前に後ろに右に左に動かし位置を確かめる。

 

『うん、この部屋で間違いないと思うよ』

 

リヒトは見上げて窓を見つめる。しかしその窓は開いていて、何か中が騒がしい。

 

『・・・何だろう?』

『・・・一足遅かった・・・のかも』

 

唯一窓の中を視界に捉えることが出来る体長のタツキが部屋を見てそう呟いた。そこにおいてあったベッドはもぬけの殻であり、 遠くから医者やら看護婦やらの叫ぶ声が聞こえる。

 

「・・・探すんだ!アレだけ怪我をしているのに・・・!」

「・・・なんで誰も見張っていなかったの・・・!」

 

『・・・逃げたってことか?』

『そうみたい・・・だね』

『え〜、折角来たのに!』

 

リヒトは不満そうな表情で窓を見上げる。しかし、ラズはそんなリヒトを見て語りかける。

 

『うなだれることは無いだろう?室内に居たら窓の外から眺めることしか出来なかっただろうし』

『でも・・・何処に行ったか分からないし・・・』

『・・・心当たりなら・・・無いことは無いだろう?』

 

そういってラズは目線を窓とは反対側に移す。タツキとリヒトもつられるようにそちらを見つめる。そして目に飛び込んできたのは。

 

『あ・・・』

『あの山・・・ってことね』

 

昨日山火事が起きた山。彼がそこで倒れていたことを考えると、今彼がそこにいる可能性は大いにあり得る。

 

『・・・やっぱ、行くしかないよね?こうなったら』

『闇雲に探すよりかはマシだろうね』

 

3匹は黒く静かにたたずむその山を見つめていた。タツキとリヒトは、 自分たちがこの島に来た理由をたどるためのわずかな糸口を必死で手繰り寄せようとしていた。

 

 

μの軌跡・幻編 第6話「重なる影・求める答え」 完

第7話に続く

posted by 宮尾 at 00:16| Comment(0) | μの軌跡(ポケモン・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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